Home > ブログ > 無心

a1380_001042

身体を斜めにして

やっとの思いで電車のつり革に

ぶら下がっている

 

私の顔のすぐ前に

若いお母さんにおんぶした

赤ん坊の顔があった

 

生まれて1年ぐらいかな?

ねんねこにくるまっているので

男の子か女の子か

チョット見当がつかない

 

その赤ん坊が

わたしの顔を見てニッコリと笑った

あんまり可愛かったので

わたしも笑い返した

 

今度は赤ん坊が

クックッと声を出して笑った

その声に気がついた母親が

うれしそうにわたしに微笑んだ

 

見ず知らずの大人のわたしが

どんな人間なのか

わたしがいま何を考えているのか

いま、何のためにこの電車に

のっているのか

この赤ん坊にも母親にもわからない

 

赤ん坊は世間の垢にまみれたこのわたしを

全く疑わない

ただ無心 ただ無心

 

無心の赤ん坊の笑いに誘われて

わたしも思わず無心に笑い返した

そして、母親も無心に微笑んだ

 

無心と無心のふれ合い

身体がねじれるほど混み合う電車の中にも

こんな気持ちのいいひとときが

あったのです。

( 相田みつを著 「雨の日には雨の中を 風に日には風の中を」角川文庫 ) 

 

大人になればなるほど、「無心」に程遠い生活を送っています。

「無心」だった心に、いろいろな経験が、殻という枠で覆ってしまっています。

今の日常生活の中で、「無心」になれることは、まずないのではないでしょうか。

 

座禅を組むことも

トイレ掃除をすることも

如何にしたら「無心」になれるかの追求だと思います。
 

「ただ、かわいい!」

それだけで「無心」になれるのです。

いや、そうではないと思います。

きっと、相手が「無心」だったから、こちらも「無心」になれたのだと思います。

 

 

Copyright(C) 2013 jpcg.co.jp All Rights Reserved.